境内を無料でお貸しします!
お祓い・ご祈願のご案内

由緒・境内ご案内

当社は、明治期に創建されました比較的新しいお宮です。
福島県ゆかりの御英霊の方々と天照皇大御神をお祀りしています。
人々に平和と繁栄をもたらす神様です。
鎮座から約130年、自然溢れる信夫山から今も皆様をお護りしております。

御祭神:平和を願い、人々を護る神様
護国の御英霊 天照皇大御神

シンボル 当社の御祭神は福島県ゆかりの御英霊と天照皇大御神です。
当社は創建当時から、明治初期の戊辰の役以来、平和を希求し国難に殉じた68500余柱の御英霊と伊勢の神宮の天照皇大御神をお祀りしています。

平和と繁栄をもたらす御英霊と天照皇大御神は、自然溢れる信夫山から皆様をお護りしています。


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御由緒
明治・大正・昭和・平成 激動の近代を過ごした社

シンボル

遡ること約130年。当社の前身である招魂社は、明治天皇の思し召しにより明治12(1879)年10月4日に造営されました。戊辰の役に従軍した殉国者で相馬・田村・会津の招魂場に祀られていた御霊と、西南の役に殉じた管内人の御霊が最初に合祀されたのがはじまりです。それ以来、国難に殉じた御霊を合祀されてまいりました。

創建当時は官祭信夫山招魂社と命名され、のちに指定官祭福島招魂社と改称されました。昭和14年には内務大臣指定の官祭福島県護國神社となり、現在の名となったのです。現在の社殿はこの時代の昭和12年に建てられたものです。

終戦後、日本はGHQの支配下に置かれ、当社は存亡の危機に立たされました。そこで、存続を願った当時の人々は伊勢の神宮・天照皇大御神をお祀りし、大霊神社と一時的に名称を変えることになりました。

昭和27年4月28日、サンフランシスコ講和条約が発効され、日本は主権を回復しました。そして同年9月、大霊神社から福島県護國神社と再び名称を戻し、現在に至っております。

皇室の方々より数多くの御参拝を賜り、幣帛料・幣饌料が御下賜された由緒深い神社でもあります。明治・大正・昭和の激動の時代を過ごした当社ですが、昔と変わらず今も静かに信夫山に鎮座しております。

皇族方御参拝、御下賜、御寄進の記録

明治13年4月3日
有栖川宮熾仁親王殿下より「吐芳」の御染筆御額一面(絹地)御寄進
明治29年11月
小松宮彰仁親王殿下より「信夫山招魂社」の御染筆御額一面(絹地)御寄進
明治41年9月13日
皇太子殿下(大正天皇)御参拝
大正15年5月20日
久邇宮殿下御参拝
昭和8年9月29日
東久邇宮殿下御参拝
昭和9年6月30日
東伏見宮妃殿下御参拝
昭和9年8月7日
東久邇宮殿下御参拝(二度目)、本殿左右に石灯籠(二基)御寄進
昭和13年5月13日
北白川宮房子内親王殿下、北白川宮多恵子女王殿下御参拝
昭和13年10月19日
梨本宮殿下御参拝
昭和14年9月27日
東久邇宮殿下御参拝(三度目)
昭和16年5月26日
閑院宮殿下御参拝
昭和17年5月25日
梨本宮殿下御参拝(二度目)
昭和18年6月6日
東久邇宮妃殿下御参拝
昭和19年6月3日
朝香宮殿下御参拝
昭和19年7月30日
梨本宮妃殿下御参拝
昭和35年5月11日
天皇(昭和天皇)皇后両陛下より幣饌料御下賜
昭和35年9月23日
天皇陛下(昭和天皇)より幣帛料御下賜
昭和40年9月23日
天皇陛下(昭和天皇)より幣帛料御下賜
昭和45年5月18日
天皇陛下(昭和天皇)より幣饌料御下賜
昭和50年9月23日
天皇陛下(昭和天皇)より幣帛料御下賜
昭和60年8月15日
天皇陛下(昭和天皇)より幣帛料御下賜
平成7年9月23日
天皇陛下より幣帛料御下賜
平成7年10月13日
天皇皇后両陛下より幣饌料御下賜
平成11年10月2日
天皇皇后両陛下より幣饌料御下賜
平成17年9月23日
天皇陛下より幣帛料御下賜

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平成21年9月25日
伊勢神宮祭主・池田厚子様(天皇陛下の実姉様)御参拝

池田厚子様、御参拝
左より、池田厚子神宮祭主様
鷹司神宮大宮司様
当神社宮司
高城神宮少宮司様

境内ガイド

社号標と石造鳥居

石造鳥居 石造りの鳥居が当社の入り口です。
駐車場は鳥居右に上ったところにございますので、お車でお越しの方はご利用ください。

石造鳥居

手水舎

手水舎 鳥居をくぐり参道を進むと左手に手水舎がございます。
こちらで手と口を清め、参拝の準備をしてください。

手水のマナー

  1. 右手で柄杓(ひしゃく)を使い、左手にかけます。
  2. 柄杓を左手に持ち替えて、右手にかけます。
  3. 再び柄杓を右手に持ち替えて、左手に少し水を受けて口をすすぎます。
  4. 柄杓を縦にして、残った水で柄を流し、柄杓を戻してください。

石階段と木造鳥居

石階段と木造鳥居 木々に囲まれた石階段を静かに登ると徐々に荘厳な社殿が見えてきます。

拝殿・本殿

拝殿・本殿 昭和12年に造営された鈍い黒色の重厚な木造入母屋造りの社殿です。

参拝のマナー
「二拝二拍手一拝」

  1. 二拝:軽く礼をしてから、背筋を伸ばし、90°のお辞儀を2回します。
  2. 二拍手:胸の高さで2回拍手をします。
  3. 一拝:もう一度90°のお辞儀を1回して終わりです。軽くお辞儀をしてから離れましょう。

車祓い所

車祓い所 購入された新車や中古車をお祓いするところです。下部より霊水が吹き出て、お清めします。

こちら車お祓いについて

神楽殿

神楽殿 神楽を舞うための建物です。当社では一般の方に無料でお貸ししています。コンサートやマジックショーなどの発表の場にご活用ください。

こちら神楽殿の利用の仕方


石碑・石灯籠

石碑・石灯籠 当社には、東久爾宮殿下が御参拝の折に御寄進された石灯籠の他、多くの石碑・建造物がございます。
境内散策でご覧になってください。


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ここに注目! 東北初の天満宮 由緒正しき学業成就の神社
信夫山満宮

信夫山天満宮 「願うて叶わざるはなし」 福島県護國神社鳥居脇に鎮座する信夫山天満宮。
御祭神は学問の神様として名高い菅原道真公です。

菅原道真公は、代々学者として朝廷に仕える菅原家に生まれました。幼い時からすばらしい才能を発揮し、5歳で和歌を詠み、11歳で漢詩を作り、18歳で文章生、33歳で学者として最高クラスの文章博士になりました。

55歳の時に右大臣(朝廷の最高機関の役職の一つ)となり、学者・政治家として天皇様からの御信任も厚かったのですが、無実の罪によって大宰府(福岡県)へ流刑となり、59歳でその生涯を閉じられました。

当社は、菅原道真公の墓所の上に造営された大宰府天満宮より御分霊を拝戴して、昭和63年9月に東北の地で初めて創建されました。

太宰府天満宮は全国の天満宮の総本社の格式を持つ大社です。当社は、「大宰府天満宮御分霊」の名のりを特別にお許しいただき、文字通り「東北の太宰府天満宮」としての格式を整えております。

「願うて叶わざるはなし」
知恵と学問の守護神として、受験を控えた方はぜひお参りください。


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なでれば願いが叶う!? なで

なで牛 菅原道真公が亡くなった時、乗り物を引いていた牛が、悲しみのあまり座って動かなくなってしまったというお話から、天満宮では狛犬ではなく牛が神使としてあります。
なでた場所にご利益がありますので、受験生は頭を、病気の方は具合の悪いところをなでてみてください。


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